【Special Thanks】 杉浦絵里衣さんのツイートを一部パクッ……お、お、お借りしました! そんな杉浦さんの、「第1回KDP文学賞」ライトノベル部門を受賞したは作品はこちら! (↓ついでに、アホなアカウントの人の作品も……)@erii_magaki まさか、何かの病なのでしょうか!私も最近同じ症状に悩まされています!(ちなみに最近3度やらかしてます)https://t.co/ar59T0IBrg
— くみた柑 (@KumitaKan) 2015年9月17日
奇妙な病 【深刻日記】
部屋に、携帯電話のバイブ音が響く。
画面を見ずとも、電話をかけてきている相手が誰かはわかっている。出たところで状況は何も変わらない。光りながら震える携帯電話を睨みつけると、それを察したかのようにバイブレーションが止まり、携帯電話は大人しくなった。
ため息をつき視線をパソコンに戻す。そこには眩しいほどに真っ白な画面。指はキーボードの上に乗ったまま、ピクリとも動かない。
気分を変えようと、ツイッターに画面を切り替える。タイムラインには、くだらない日常の戯言が流れていく。インディーズ作家たちが今日は何枚書いたと楽しそうに報告ツイートをしていた。中にはアホなことや自虐ネタを呟く寒いアカウントもある。数人のアカウントのやりとりに、不覚にもクスリと笑みがこぼれた。とともに、妬ましかった。こいつらは書けなくなったら書かなければいい。書かなくても何の損失もない。私は明日までに……いや、正確にはあと2時間以内に10枚の原稿を書かなければ、多くの人に迷惑がかかり、大変な損失になる。私の評価も下がるだろう……。
書かなければ。
わかっていても、一向に真っ白な画面は埋まらない。埋まるどころか、一行すら書けない。ツイート欄にならばいくらでも文字を綴れるのに。
「疲れた……」
私はそう入力し、ツイートボタンを押す。りんごの皮をむくときに切ってしまった左手の親指に貼った絆創膏が、僅かにキーボードに引っかかる。
画面には、私が呟いた文字が表示される。
『疲れた……ほ』
ほ?
ほ……ってなんだ? こんな文字、入力した覚えがない。ツイートする前に、一応見返しているはずなのに。これっぽっちの短いツイートすらミスってしまうなんて情けない。
呟きなおすまでもないが、なんとなくそのままでは間抜けなので『ほ……ってなんだ?(笑)』と自分に突っ込みを入れる形で呟く。
『ほ……ってなんだ?(笑)そ』
まただ。無意識なのか、よっぽど疲れているのか……。
『なんか最後に変な一文字が入るな? なんだこれ、無意識なのかバグなのか……』
今度はきちんと見直してからツイートしたからか、語尾に変な一文字はつかなかった。
――と、あるアカウントからリプライが来る。さっき、自分の指を包丁で削いだと、寒い自虐ネタを呟いていたアカウントからだ。
『何かの病なのでしょうか!私も最近同じ症状に悩まされています!(ちなみに最近3度やらかしてます)』
アホか。
と思いつつも、一応社交辞令的にリプライを送る。
『これはきっと、調理器具で指をそぎ落とすクラスタにだけ現れる症状なのかもしれませんね! 私もさきほど、包丁で親指を切りました\(^o^)/』
無表情でキーボードを叩く。速攻でリプライが返ってくる。
『なんと! タクミさんも指を…! なるほど…この病の特定に一歩近づきましたね…。作家にとって指は命。命を削ると一文字足される…。恐ろしいですねこれ…!恐ろしい病ですよ!早く感染源を特定しないとパンデミックを引き起こしかねないですよ…!』
アホだ……。
こいつは正真正銘のアホだ……。
指を削ると一文字足される? そんな馬鹿なことがあるか。そんなことが本当に起こるなら、指を削ぐたびに、この真っ白な原稿が埋まっていくとでもいうのか。本当にこの真っ白な原稿が埋まるなら、喜んで指を削ごうじゃないか。
……何を考えているんだ、私は。
再び携帯電話が震える。私はため息とともに、今度は電話に出る。
「はい、すみません……わかっています。あともう少しで……はい……今日中には必ず……はい……わかりました」
こんな嘘は、いつまでもつけるはずがない。
時間がない。
真っ白な原稿に『疲れた……』と入力する。
しばらく画面を見つめるが、ただ、カーソルが一定のリズムを刻んで点滅しているだけだった。
「ふっ……何を馬鹿なことを考えているんだ……」
空になったコーヒーカップをキッチンに持っていく。いつの間にか、視界に入った包丁を手にしていた。
指を削いだら……文字が足される……
シンクに赤い液体がしたたり落ちる。
左手の人差し指から流れ出る血を水で洗い流し、右手でぎゅっと抑え止血する。ズキン、ズキン、と脈打つリズムで痛みが襲ってくる。
――何をやっているんだ、私は。
数分抑えてから大きい絆創膏を貼る。出血はだいぶ収まったようで、血はわずかに滲んでくる程度だった。
『疲れた……。作家の間で、奇妙な病が流行りだした。それは、指を切り落とすと』
パソコンの前に戻って驚愕した。先ほど書いた文字の後に、勝手に文章が書き込まれていた。
「私が……書いたのか? ……いや、そんなはずは!」
ツイッターに、またあのアホからリプライが来ていた。
『語尾に一文字足されちゃう症候群。気になって調べたらけっこう同じ病に悩んでいる人がいますよ……これほんとパンデミックになるかも!』
私は再びキッチンに向かい、包丁を握りしめていた。目を瞑り、思い切り包丁を引く。
「うわあああああああ!」
痛みで気が遠くなりそうになる。傷口を抑え、ぽたぽたと床に血を落としながらパソコンに向かう。
信じられないことに、画面上には、指からあふれ出る血液と呼応するように、まさにこの瞬間、流れるように文章が綴られていく。
クツクツと笑いがこみ上げてくる。
「まさに、作家は命を削って作品を書いている……はは……はははははは!」
狂ったように大声をあげ笑うと、私はさらにもう一度キッチンへ向かう。先ほどの出血がまだ収まらないまま、まな板をだし、その上に左の掌を広げる。包丁を握りしめると、力いっぱい振り下ろした――。
***
「先生! タクミ先生! いらっしゃるんですか? 開けますよ?」
鍵がかかっていなかった玄関の扉を、編集が開けた。中はひっそりと静まり返っている。部屋のカーテンは閉まったまま、薄暗い部屋の中で、パソコンの画面だけが光っていた。
「先生! 原稿できましたか? 先生?」
部屋のどこを探しても、タクミの姿は見えない。編集はパソコンに近づき、画面を見ると息をのむ。
「――こ、これは……!」
そこには今まで目にしたこともないような傑作が――
――あるわけもなく。
『ごめん! 書けなかった!\(^o^)/』
***
その後、タクミの姿を見たものはいない――。
(※この物語はフィクションですが、ツイートの一部とアホなアカウントはノンフィクションです)
【引用ツイートこのあたり】
https://twitter.com/KumitaKan/status/644533897741529088