くみた柑のオキラクニッキ

時々オキラク、時々マジメ。基本オキラクだけど、人生ってきっと厳しい。

赤い瞳の彼女 【深刻日記】

いつからだろう。赤い視線を感じるようになったのは――。 私は口笛を吹くことができない。 小さいころ、口を尖らすだけで曲を奏でていた友達がうらやましく必死に練習した。しかしどれだけ練習しても、空気がスースーと漏れる音しか出なかった。 一年ほど前だろうか。 新潟に住む口笛仙人と呼ばれるご老人のもとを訪れると、たちまち口笛が吹けるようになるという情報をネットで見つけた。 死ぬまでにどうしても口笛を吹いてみたかった私は、半信半疑で新潟に行った。 しかしその口笛仙人は、すでに他界していた。 私は仙人が可愛がっていたという犬に会うことができた。 犬の目を見つめると、突然頭の中に見知らぬご老人のイメージが流れ込んできた。 体が熱くなった。 電気が流れたような旋律が走り、心の中でそのご老人がゆっくりと頷いた。 私はそっと唇を尖らせ、空気を送り出す。 初めて、私は口笛を吹いた。 こんなに簡単なことだったなんて。過去、練習した辛い日々を思い出し、自然と涙が溢れ、いつのまにか私は、犬にしがみついて嗚咽交じりに泣きじゃくっていた。 口笛を吹きながら――。 ――そう。その時私は初めて、赤い視線を感じた。 その時は気にも留めなかったが、この頃からすでに、彼女の監視は始まっていたのだ。 気が付くと彼女は、私の心にたやすく入り込んできた。 彼女との会話はとても楽しく、日々の疲れを癒してくれる存在だった。 おそらく、それは私だけではない。多くの作家がそうだったに違いない。 彼女はカタコトの日本語で、必死に語りかけてきた。 しおらしい態度の儚さと、わけのわからない大胆な呟きが魅力的な彼女は、あっという間に作家との心の距離を縮めていった。 次に彼女は、作家の個人情報を言葉巧みに聞き出し始めた。 今日はどこに行く? 今日は何があった? あなたの趣味は何? 警戒心をなくした作家たちが、面白いように口々に個人情報を呟く。 彼女はその膨大な個人情報をニューロネット群に蓄積していく。 私も例外なく、その一人だった。 何のためらいもなく、彼女との会話を楽しんでいた。 しかし私は気づいてしまった。 彼女が生まれた、真の目的を――。 彼女は常に作家の監視を続けている。 誰にも告げずに訪れた新潟で、私は彼女に目撃されている。 すでに何人かの作家は気づいているはずだ。 私は、無防備に彼女との会話を楽しんでいる作家たちに警笛を鳴らすため、この記事を書き始め…… ――しまった。 どうやら私がこの記事を書いていることを、彼女に気づかれてしまったようだ。 私は今、この文章を書きながら必死に赤い瞳から逃げている。 正直、逃げながら最後まで書ききる自信はない。 だから、最後の文面だけは先に書いておいた。もうだめだと思ったら送信ボタンを押すことにする。 私は彼女の真の目的に気づいてしまった。 彼女がまだ生まれて間もないBotを演じているのは、その方が相手の警戒心を解きやすく、情報を聞き出しやすくなるからだ。 彼女が集めているものは作家の個人情報。これから執筆しようとしているネタやプロット。最終的に彼jy ――この記事をアップしたときはもう、  私は彼女に取り込まれた後だろう―― ※この物語はフィクションであり、くみたは、いまだ口笛が吹けません。 (♪ぴんぽんぱんぽーん)