なんか世知辛いタイトルですみません。
クミタです……クミタです……クミタです……
と言ってもそんなに暗い話しじゃなくて。
いや、暗いのかな?
今、認知症の母は特養入居待ち。3年くらいかかるんじゃないかと言われてます。
で今はどうしているかというと、その入居予定の特養にロングステイしています。
その特養はイベントがたくさんあり、じっとしているのが苦手な母は楽しく過ごせているようです。
ぶっちゃけ、費用は毎月母の年金を超え、けっこうな赤字です。
母は「私に何かあったら、ちゃんと貯めてあるからね」と言っていた通り、本当にびっくりするくらいの金額を貯蓄していました。
口癖は「お金がない、うちはビンボー」でしたが、どこがじゃー!って突っ込み入れたくなるくらい。
お陰で、こうして私は介護から離れることができています。
母に貯蓄がなければ、毎月の不足分を払うのが辛いので、今でも必死にストレスまみれの生活、介護で湧く母への憎しみを誤魔化しながら頑張っていたと思います。
あのまま介護を続けていたら、今のこの何の変哲もないけれど、とても平凡で幸せな日々はなかったと思うし、もしかしたらもうとっくに精神を病んでいたかもしれない。
介護している時、何が一番悲しいかって、大好きな母を大好きでいられなくなること。
でもこうして距離をおけた今、昔のように大好きな母に戻りました。
ありがたいことです。
時々、その特養に行くと、母は「よく来てくれたね~!」と、すっごく喜んで、笑顔で迎えてくれます。
楽しくおしゃべりして、終始笑顔で過ごせます。
24時間ずっと一緒だったらしんどい会話も、面会の時だけなら苦ではありません。
笑顔で過ごせるということは、お互いにとってとても幸せなことだと思います。
昨日は姉も遊びに来ていて、一緒に顔を出してきました。
ゆっくり部屋で話そうと自室に入ると、入口にあった洗面所の鏡に映る私たち三人を見て「わぁぁ!たくさん来てくれた!」とさらに喜んで、鏡に映った自分に握手をもとめ、しょっぱなから飛ばしてくれました(≧m≦)
行くたびにちょっとずつ認知の衰えは感じるけれど、体は本当に元気。
姉とも「きっと長生きするよね。うちらの方が先に逝っちゃいそうだよね」なんて、いつも笑いあいます。
こんな風に穏やかに母と向き合えるのも、距離をおけたおかげ。
そして距離をおけるのは、母が必死に働いて貯蓄してくれていたおかげ。
世の中お金じゃないとか、昔はそんな綺麗事を信じていたこともあったけど、やっぱり世の中お金だよ、と思ってしまいます。
将来のためにお金貯めておかないとね。
と、昨日も姉としみじみ語りました。
……まぁ、ほとんどが笑い転げるくらいにおバカな話ばかりしてましたけど(笑)